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| 殺し合いの螺旋から逃れられるのか |
七十人斬りを理由に京都所司代に捕まった武蔵。
武蔵の右足の傷は深く、修羅の剣の道を捨てる選択を迫られる。
沢庵和尚の禅問答のような問いかけの中で、武蔵は答えを見つけられるのか。
沢庵自身が、仏の道を生き漂白していく中で、悩み傷つきながら、「苦しみ、のたうち、間違いを犯し」と告白するシーンが印象的だった。
武蔵も、沢庵和尚も、人間みんな、同じだということ。
その中で一番「生な」荒々しい感情を持っている武蔵だということ。
武蔵の中に自分自身を含む人というものの答えを探しているのかも知れない。
ここに、武蔵を追い、気にかけ続ける沢庵和尚の気持の原動力がある気がした。
すべてをあるがままに受け入れる境地に至ったとき、天とのつながりを悟る光のシーンも印象的だった。 |
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| (2008-12-31) |
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